熊本に定住宣言をしてから5年が過ぎようとしている。
それ以前は「仕事は東京」「じゃ、住んでるのは?」…そう聞かれて答えに窮する毎日だったのが、今では「仕事は主に東京、住んでるのは熊本」割と堂々と言ってのけられる。
東京には滅多に出かけなくなった。
よく考えれば、昨年は某大手パソコンメーカーのお誘いでイベントでちょっとしたスピーチをしに出掛けたくらいで、全くもって熊本在住なのである。
それでも「仕事は主に東京」と言ってのけられるのは、専らIT革命のお陰であって、WebやFaxなどの恩恵なしには実現出来なかったことだ。
そんな変則的な二重生活がもたらす余波を利用して、東京と熊本のメディア業界の単純比較を論じたことが何度かある。勿論単純に論ずることは出来ないのだが、得意な強引メタファーや傲慢な主張によって、とりあえず分かり易く解説できたのではないかと自負している。
で、今回はその続編…。「首都圏にも熊本にもある悪しき共通点」こんなテーマで論じてみたい。
「浮いてくる者に頼る者、すくい上げてくれる者に頼る者」
この両者には見事な共通点がある。行動力、企画力、いろんなものを含めて押し並べて実力が足らないという点である。
前者の場合…これは業界の中間層にあって、ある程度の指揮監督(プロデューサー等)を任せられた人物に見受けられるケース。兎角この階層に属する者の平均年令はズバリ45才。西暦2000年現在で語るならば「最も世の中を舐めきった世代」である。予め断わっておくが勿論例外はある。
さて、現場に於いて彼等の任務は、業務遂行の指揮監督と同時に、次のプロジェクトを担う新たな能力を見い出すことである。だが不適格な人物だと、特にこの点に於いてダメが目立つ。
まずツールや定石に頼り過ぎ。顕著な例で言えば「メール」が使えるようになっただけで、情報化が完了したと勘違いしている者。そして、目的とするジャンルのその上っ面を撫でただけで、全体像や奥深さを読み取ったつもりでいる者。こと人材発掘という点で言えば殆ど自殺行為だな。例えば、宴席で偶然横に座った人物が目的とするジャンルにとりあえず合致していたというただそれだけで、仕事の話をホイホイやってのけるような無神経な族(やから)…これはもう処置なしである。それが偶然好人物で実力も伴っていればめっけもんだが、それはあくまで偶然の産物であって、宝くじ並みのラッキーでしかない。つまり人を見る目があったわけではないのだ。
もし、声をかけた相手が次のような人物であったら…。外野から見る分にはサイコーに面白い結果を招く。
《すくい上げてくれる者へ期待する族。》
割と濃い人生経験を積んで来て分かったことが1つある。「チャンスは偶然の産物ではない」ということだ。着眼点、企画力、行動力、要するに押し並べて実力を伴っている人物が本気で動き出せば、必ずその何メートルか先にチャンスの芽が生えてくる。日照、温度、湿度、土壌の質、種苗の程度を完全に理解して正しく管理すれば必ず芽が出るのと同じである。
ところがことメディア業界の外堀の向こうには、こういう知識や実力が余り伴っていない「只のお調子者」が異様な迫力で垂涎眼光ギラギラの心を厚いツラの皮で覆い隠して無気味に見つめている。ま、詐欺は言い過ぎとしても似非な族である。大した努力をしていないか先天的なセンスだけに頼り過ぎ…そんなところだろう。
彼等から見れば、リサーチ能力が欠けているソコソコのプロデューサーなんて「飛んで火に入る夏の虫」である。でも「チャンスが巡って来た」って普通表現するんだけどね。
さてさて、人材発掘がダメな人と自らチャンスを作り出せない人(つまり実力が無い)が出会ったら…。もう結果は見えている。馴れ合いと譲歩の連続による打算的なプロジェクトの末路である。
首都圏でもこういうケースはよく見かける。だがそこはそこ数字で評価されるシビアな都会である。結局はいつの間にか消えている。
では熊本みたいな小規模都市ではどうかと言うと。いやはやダメージがデカい。数字で評価せず馴れ合いの感が強い前時代的なスタイルだし、それらを駆逐する実力派勢力が殆ど居ないかアンダーグラウンドに潜っていると来ている。なんだ、処置なしですね。
もっともこれは放送業界ばかりではないようで、2年近く地元新聞系フリーペーパーにも首を突っ込ませてもらっているが、前述のようなケースをやたら見掛けるもんだから、わたしゃ全然意欲的になれないでいる。
プロデューサーとして手本になるある先輩の姿を真似してるだけだから、あまり偉そうには言えないが、私が実践している幾つかの事柄を述べておこう。
・酒の席で出会ってもそれが人材発掘だと軽々に判断してはいけない。
・人材を見つけたら本人だけでなくその周囲から悪評を聞け。悪評の中にこそ其の人物の真の実力が見える。
・相手のフィールドに出掛けて、その真の姿を確かめろ。
この教訓を改めて思い知ったのが4年くらい前のこと。それ以前は天の邪鬼な性格が災いして、分かっていながら真逆をやったりした。でも結果は全て失敗だった。今は反省してお説の通りにやってるんで、人を見る目はかなり確実になって来たよ。地べたに腰を降ろしてストリートミュージシャンと長い間語り合うこともあったりする…。
何かしら目的を持った宴なんて市場か商店街みたいなもの。そんなところで人間を見つけるよりも、畑から引っこ抜いて来た方が余程新鮮なのにね。それが出来ない業界人…熊本の方が比率的には多分高いと思う。この点での温度差によってまるで私が浮いてるように映るんだろうな。