第6稿(決定稿)
原作・脚本/榎田信衛門
(登場人物)
立花宗茂
小野鎮幸
十時連貞
加藤清正
森本一房
森本儀太夫
木村又蔵
飯田覚兵衛
加藤家家臣A
加藤家家臣B
使い番
従者
町人A
町人B
ナレーション
○オープニング
ナレーション「今を遡ること四百十年余り。日本列島を二分する空前絶後の内戦が勃発した。世に云う関ヶ原の合戦である。時に慶長五年九月十五日。西暦で云えば一六〇〇年十月二十一日のことであった。」
○タイトル
テーマ曲
タイトル「FMC創立○○周年記念ドラマスペシャル・清正が畏れた漢(おとこ)」
○隈本・城下町
ーー物売りの声や荷車などが交錯する雑踏の音ーー
ナレーション「関ヶ原の合戦が、小早川秀秋らの裏切りによって東軍勝利に終わって凡そ二ヵ月後‥。合戦の表舞台となった中部・近畿地方から遠く離れた九州肥後隈本。戦乱の影すら感じさせない城下町は、いつもと変らぬ賑わいぶりである。」
町人A「おーい、ちぃっと手ば貸してくれい。昼までんほぅ、お城ん赤酒ば運ばにゃならんったい。」
町人B「今日はな~んな。なんか目出度かこっかなんかあっとな?」
町人A「なんやお前、聞いとらんとや?‥ほう、清正公(せいしょこ)さんがたい‥客分として招かせらした‥」
ナレーション「この地を治めているのが世に名高い加藤清正。武芸だけでなく知謀も優れていた清正は、日本三名城に数えられる隈本城を築城。さらに治水や開墾を精力的に推し進め、民衆から高い支持を集めるに至った。清正公を音読みして《せいしょこさん》‥隈本の民はこう呼んで親んでいた。」
町人A「柳川ん立花の殿様たい。あん人ぁ、今は何て名乗っとらるるっとかな。コロっコロっ名前ば変えさすもんだけん誰だか分からんばい(笑)‥。あー昼過ぎにゃ隈本城んお入りになるらしかな。」
町人B「柳川んお殿様は飛騨守様たい。飛騨守様はぁ、何だったかいなぁ、あぁ確かぁ、尚政様だったと思うとばってんなぁ。そぎゃん名前になっとるって大木様(大木兼能)んところの上士様から聞いた。」
町人A「ふーん、尚政様てな。」
町人B「ばってん西軍につかんかったら殿様のままでいられたろうになぁ。勿体なかこつしたばい‥。」
町人A「俺は(おっは)清正公(せいしょこ)さんな最後にゃ西軍に加勢してかっ立花様と組んでたい、家康様と一戦交ゆっとじゃなかか?て思っとった。」
町人B「あはは。はずれたな(笑)」
町人A「笑うなぁ!‥ばってん清正公(せいしょこ)さんな、太閤様の一の子分だったとだろ。んならたい。立花様は、太閤様への義理ば守らして西軍にお味方されたっちゅう話じゃなかや。義理ば欠くとはいかんばい。やっぱ俺は(おっは)西軍に入って欲しかった!」
町人B「ばってん、石田三成公とたいぎゃな仲ん悪かっただろたい。んならやっぱ家康様ん方につくとが普通ばい。」
町人A「そぎゃんもんだろか‥。」
町人B「そるに、清正公さんな東軍についちくれたけん、こん隈本ん町も荒れずに済んどるとばい。ほぅ、宇土ん小西様んごつなっとったらとつけむにゃあこっだけん。」
町人A「んー、そるはほんなこつなぁ‥。」
町人B「だろたい。清正公(せいしょこ)さんな、俺っ達んごた下々んこつば考えて東軍につかしたとばい。そるはそれで仕方がにゃあこつばい。」
町人A「あー、清正公(せいしょこ)さんと小西様が肥後に来られたとがありゃ何時だったかいなあ?」
町人B「もう十三・四年になりやせんかいな。」
町人A「もうそぎゃんになるかいねえ‥。」
ナレーション「肥後国人一揆(ひごこくじんいっき)の不手際の責任を取り切腹した佐々成政の後を受けて、天正十五年・西暦一五八七年、肥後の国の北半分・十九万四千九百十六石の領主となったのが、賤ヶ嶽ヶ七本槍の一人に数えられる猛将・加藤清正その人である。一方、南半分の宇土十四万六千三百石は、キリシタン大名としてその名が高く知られている小西行長が治めることになった。この時、清正数えで二十七歳、行長三十一歳。」
○隈本城
ーー登城を促す触れ太鼓ーー
ーー城内の石段を登る家臣たちーー
木村又蔵「森本様~!」
森本一房「ん?、おう、そなたは‥」
木村又蔵「はい。過日、城下の巡検の際にお世話になりました木村でございます。」
森本一房「あ、えーと、木村、木村、木村又‥」
木村又蔵「又蔵、木村又蔵でございます。どうぞ森本様、又蔵とお呼び下さい。」
森本一房「いや、碌は違えど年長の貴殿を呼び捨てには致しかねます。んー、では、又さんと呼んで宜しいか?」
木村又蔵「あ、これは。お気遣い痛み入ります。」
森本一房「‥で、何か申されたき儀でも?」
木村又蔵「あ、いや。その角でお姿が見えましたもので、先日のお礼を一言申し上げようと‥」
森本一房「いやなに。与えられた役目を当たり前に行っただけのこと。礼には及びません。」
木村又蔵「名主(なぬし)をはじめ町の衆も皆喜んでおりました。」
森本一房「堤の脇にあった饅頭屋。あれ、何と云いましたかな?」
木村又蔵「はぁ、あれは草葉屋と申しますが‥。」
森本一房「あそこの饅頭は非常に美味でありましたなあ。」
木村又蔵「それはそれは。では次回、拙者が土産に持参致しましょう。」
森本一房「是非(笑)‥。」
木村又蔵「ところで森本様。本日は柳川の立花公がご入城とか。」
森本一房「殿にとっては義兄弟同然と伺っておりますから‥。しかも文武共に秀でたお方。殿はこの際、家禄をお与えにでもなりたいのでございましょう。」
木村又蔵「惚れ込んでおられるご様子で‥。」
森本一房「おう、そうじゃ。時に又さんは如何思われます?」
木村又蔵「は?」
森本一房「その統虎(むねとら)公のことです。飛騨守様ですな。あ、今は立花尚政と名乗っておられるようですが‥。」
木村又蔵「あ。はぁ。うーん、そうですなぁ‥。義を貫いたは良し。良しと致しましょう。しかし、うーん、やはりぃ、敗れて生き恥を晒す姿を見るのは、武士として些か辛うございます。」
森本一房「なるほど。武士(もののふ)の面目。つまり生き恥ですか‥。」
木村又蔵「あ、いや。これは言葉が過ぎました。」
森本一房「確かに武士(もののふ)としては潔しとせぬ見方もございましょう。ですが、私は少々異なる見方をしております。」
木村又蔵「は、それはどのような?」
森本一房「もしかすると、立花様はまだ敗れていない‥。あ、いや、確かに西軍は敗れ、徳川の天下が築かれようとしております。だが何か釈然としないものがあるのです。義を通さず利に走った天下。そのど真ん中を敢えて義を貫いて走ってこられた立花様です。易々と利に走るとは思えません‥」
木村又蔵「生き恥の誹(そし)りを受けようとも義を貫くと‥」
森本一房「考え過ぎかもしれません‥」
木村又蔵「なるほど。確かに、西国にこの人ありと謳われた立花様のことでございます。簡単に散る桜ではなさそうですなぁ。」
森本一房「この後、御一行を城内にて案内(あない)仕ります。その際に人物を確かめてみようかと‥」
木村又蔵「いやぁ、さすが森本儀太夫様のご子息。目の付け所といい、胆の据わり方といい、感服仕りました!」
森本一房「なーに私は次男でありますから、只の冷や飯食いですよ。」
○立花宗茂一行・隈本城到着
ーー午の刻を告げる鐘の音ーー
ナレーション「午の下刻を過ぎた。今に直せば午後一時を回ったところ。隈本城の表玄関である西大手門には、立花飛騨守尚政のちの立花宗茂一行を出迎える加藤清正と加藤十六将の一人、森本儀太夫の姿があった。」
加藤清正「儀太夫。門の右手で控えておるのは、そちの息子であったな。」
森本儀太夫「は。次男の一房にございます。此度は、立花飛騨守様御供の家中を所定の部屋に案内(あない)する役目を賜りましてござります。」
加藤清正「ふむ。なかなかよい面構えじゃのう。ちと話がしたい。此処へ呼べ。」
森本儀太夫「あいや、間もなく飛騨守様一行ご到着の刻限かと。宜しいので?」
加藤清正「なーに構わぬ。まだ四半刻はかかろう‥。」
森本儀太夫「は、はい。承知致しました。おーい一房!一房!そうじゃお前じゃ!ちょ、来い。ちょっと来い。」
加藤清正「儀太夫、お主の大声のせいで、息子殿の顔面真っ赤になっておるではないか(笑)」
ーー小走りで参上する森本一房ーー
森本一房「お呼びでござります。如何なさいましたでしょうか?」
森本儀太夫「一房。殿がお前にお声をかけて下さる。ご挨拶を致せ。」
森本一房「あ、は、はい‥。」
加藤清正「いやいや、驚かせたようで済まぬ。お主を見ておって少々気にかかるところがあっての‥。」
森本一房「な、何か不調法を致しましたでしょうか?」
加藤清正「そうではない、そうではない。ん、もっと近う寄ってくれ、小声で話がしたいでな。」
森本一房「はは!」
加藤清正「お主。一人だけ顔が真剣じゃの。」
森本一房「は?え?顔でございますか?」
加藤清正「ほれ見てみい。出迎えに並んでおるこの連中の顔つきを‥。あ、こらこら。そんなに睨んではいかんが。ちらりと見よ‥。どうじゃ、何か気が付かぬか?」
森本一房「皆様笑っておられます。」
加藤清正「ほれ。あやつなんか小指を鼻の穴に突っ込んでほじくっておる。」
森本一房「その指を舐めておりますな。」
加藤清正「品が無いにも程があろう。」
森本儀太夫「あれは小者頭の岡崎でございます。後程切腹を申し付けます。」
加藤清正「あーよいよい。鼻糞はどうでも良い。一房が見ての通り、どいつもこいつも気が緩んでおる。何故じゃと思う?」
森本一房「はぁ、畏れながら申し上げます。恐らくは、立花様が敗軍であることで皆様勝者の驕りが出ているのかと‥。」
加藤清正「うむ。して、お主にはそのような素振りが全く見えなんだが‥。」
森本一房「あ、はい。」
加藤清正「何故じゃ?」
森本一房「えー、それは‥」
加藤清正「苦しゅうない。申してみよ。」
森本儀太夫「一房。殿のお達しである、遠慮なく申せ。」
森本一房「はい。しからば申し上げます。若輩者故、見識が無いものとお笑い下さい。」
加藤清正「前置きはよい。」
森本一房「拙者。立花飛騨守様は敗軍の将にあらず。必ずや世を動かす大義をお持ちの本物の武士(もののふ)であると拝察しております。」
加藤清正「なに。立花は敗れてはおらぬと‥」
森本一房「はい。立花飛騨守様はこれまで幾多の合戦におきましても、一度たりとも敗れてはおりませぬ。」
森本儀太夫「されば一房。先月の柳川攻めは如何捉える。わが軍勢の他、黒田、鍋島と大軍に囲まれ、しかるに我が軍に降伏したではないか。」
森本一房「兵法三十六計《走ぐるを上と為す(にぐるをじょうとなす)》‥」
加藤清正「三十六計となぁ‥。うん!儀太夫、そちの息子はどうしてどうして隅に置けぬ名軍師かもしれぬぞ‥。して、一房。そちはどうして立花殿がそのような策を秘めていると思うたのじゃ?」
森本一房「畏れながら、昨年閏三月の‥。」
加藤清正「あー、佐吉かぁ‥。確かにあれも三十六計であったなぁ。」
ナレーション「清正は、幼少時代、竹馬の友であった佐吉。後に命の奪い合いになる宿敵石田三成を思い出していた。」
加藤清正「知っての通り、一昨年の夏に太閤殿下が身まかり、そして昨年閏三月じゃ。加賀の前田利家様が身まかった。世の中の流れは一気に徳川へと流れた。太閤殿下のご恩に報いること‥。わしはな‥儀太夫、一房よい機会じゃ聞いてくれ。例え徳川の風下に置かれたとしても、豊家が安泰であればそれでよい。わしは秀頼様が一国を安堵できればそれでよいと考えておったのじゃ。しかし、佐吉はそうではなかった。徳川の存在を許さぬ頑なな思い。全く融通が利かん。頑固者にも程がある。このままでは徳川との戦は避けられぬ。もはや豊家安泰のためには佐吉を討つしかない。そう考えたのじゃ。」
ナレーション「慶長四年・西暦一五九九年・閏三月三日。三成と対立していた加藤清正、福島正則、黒田長政、細川忠興、浅野幸長、池田輝政、加藤嘉明の七将が、大坂の石田三成邸を襲撃した。この時、身の危険を察知した石田三成は、盟友・佐竹義宣の力を借りて屋敷を脱出。徳川家康の居城京都伏見城に逃げ込んだのである。」
加藤清正「よりにもよって伏見城に逃げ込むとはなぁ。佐吉にとっては最大の敵であった家康様の懐に逃げこむなどと。あの時ほど佐吉のお頭(つむ)の中身に驚嘆したことはない。まったくもってしてやられたわい(笑)」
森本儀太夫「では一房。そちは飛騨守様が何かしらの野望を捨てておらぬと見るのだな。」
森本一房「はい。畏れながら‥。」
加藤清正「よし一房。今宵夕餉の膳の後、わしは立花殿とサシで酒を酌み交わすつもりじゃった。じゃがサシ呑みは止めじゃ。同席を許す。立花飛騨守という漢(おとこ)の中身をとくと実見するが良い。」
森本一房「はは、有難き幸せ。」
森本儀太夫「一房。粗相の無きよう心して励め。」
加藤清正「戻ってよいぞ。」
森本一房「はは。」
加藤清正「儀太夫よ、そちはなかなか良き倅を持ったのう。」
森本儀太夫「次男でござります故、些か自由気侭な物の考えを持っているようで‥。」
加藤清正「いやいや結構なことじゃ。」
ーー物見の斥候が門を抜けて走って来る。ーー
使い番「申し上げまーす!立花様御家中ご到着にございまーす!」
森本儀太夫「殿。さすればわたくしから家中の者共に一言渇を‥。」
加藤清正「うむ。良きに計らえ。」
森本儀太夫「皆の者!よーく聞け。そこ!口を閉じんか!顎を引け。気を引き締めよ!勝って兜の緒を締めよと申すであろう。武門の誉れ高き加藤家の威信を見せよ!」
加藤清正「ほう。ちっとは引き締まったかの‥。」
ーー太鼓の連打ーー
森本一房「立花飛騨守様御家中ご到着!」
ナレーション「立花宗茂。永禄十年十一月、西暦一五六七年。キリシタンとしても名高い戦国大名・大友宗麟の重臣・高橋紹運(たかはし・しょううん)の長男として豊後国は国東郡に生まれる。幼名・彌七郎。後、高橋統虎と名乗る。幼き頃より頭脳明晰。また、武勇にも優れ、高橋家の嫡男としての期待を一身に集める。だが宗茂二十四歳の時。父紹運と同じく大友家の重臣で、嫡子が居なかった立花道雪から、たっての願いを受け立花家を相続する。以後、立花家の当主として周辺の敵対勢力との局地戦に全戦全勝。また、薩摩の島津が九州平定を目論んで侵攻してきた際にも見事これを撃退。その働きを高く評価した豊臣秀吉から筑後柳川十三万二千石の大名に取り立てられる。このとき秀吉は、立花宗茂を『忠義も武勇も九州随一』と讃えている。秀吉の宗茂贔屓は大変なもので、天正十八年、西暦一五九〇年。小田原征伐に従軍した宗茂を『東に本多忠勝、西には立花宗茂という天下無双の大将がいる』と諸大名の前で褒め称えたほどである。太閤秀吉への忠誠を堅く誓った宗茂は、その後、文禄慶長の役いわゆる朝鮮出兵でも八面六臂の大活躍。加藤清正が守る蔚山(うるさん)城が一万の敵に囲まれ窮地に陥った際も、僅か一千の手勢を率いてこれを撃破。見事、清正を救っている。秀吉亡き後は、徳川家康から法外な恩賞を約束する東軍参加の誘いを受ける。立花家の家臣達からも東軍に利ありとの進言を受けるが『秀吉公への恩義を忘れて東軍に付くくらいなら死を選ぶ』と云って西軍に参加した。関ヶ原の合戦には直接参加していないが、大津城攻めなどで見事勝利。関ヶ原での西軍敗退後は、宗茂は大坂城に於いて徹底抗戦を訴えた。だが、名ばかりの総大将・毛利輝元によって宗茂の策は退けられる。仕方なく九州柳川城に戻るが、東軍に属していた加藤清正、鍋島直茂、黒田孝高ら九州の有力諸大名の軍勢に取り囲まれる。篭城討ち死にを決意した宗茂であったが、清正らの必死の説得を受け、柳川城は開城。その後宗茂は改易。一介の浪人として心もとない日々を送っていた。」
○隈本城・西大手門
ーー門衛に向かって叫ぶ従者。ーー
従者「立花様ご到着!立花様ご到着!」
ーー砂利が敷かれた参道を走る従者。ーー
ナレーション「後に烏城、銀杏城とも云われ、日本三名城に数えられる隈本城。その西側・藤崎台側に設けられた西大手門‥。隈本城には西・南・北の三つの大手門と十八の櫓門、そして二十九の城門があった。中でも西大手門は、最も格式が高く、云わば隈本城の正門である。」
従者「小野様、隈本城御到着にござります。御駕籠をお開け致します。」
小野鎮幸「ん?おう。すっかり居眠りしておった。もう着いたか‥。」
従者「お出になられますか?さすればお履物はこちらに。」
小野鎮幸「うむ。あいたたたた。駕籠は腰に来るのぅ。」
ーー駕籠から出て履物を履きながら‥ーー
小野鎮幸「おぉ?これは確か‥。その方、ちと訊ねるが、これはもしや隈本城・西の大手門では?」
従者「は、西大手門でござります。城の表玄関でござります。」
小野鎮幸「んーん。これはまた‥。おぅ!そうじゃっ。殿!殿!(小走りで立花宗茂の駕籠へ)」
小野鎮幸「殿!」
立花宗茂「和泉守。如何致した騒々しい。(駕籠の窓を開ける)」
小野鎮幸「殿。あれを。隈本城・西大手門にござります。」
立花宗茂「なに。大手門じゃと?」
小野鎮幸「はい。確かに西大手門だと申しております。」
立花宗茂「ん。降りる。履物をこれへ。」
ーー駕籠から出て履物を履きながら‥ーー
立花宗茂「加藤家案内役はおらぬか。」
従者「は、只今お連れ申し上げます。暫くお待ちを。」
ーー場内に走る従者ーー
立花宗茂「和泉。これは如何したことであろう。我々は敗軍、しかも今や改易され浪々の身。それを受け入れて下さるだけでも加藤殿への恩義は量りきれぬものがあるに。」
小野鎮幸「左様でございますな。我々はそれこそ裏門をこっそり通して頂ければそれで良い身分。しかし、何故このような表門に‥。それにしましても、この隈本城の雄大さ。天下一の名城に相応しい。此処でならあるいは三河の偽源氏と‥。」
立花宗茂「これ、滅多なことを云うでない。」
小野鎮幸「は、口が滑りすぎました。沈黙は金でござる。」
ーー先程の従者が森本一房を連れて来る。ーー
森本一房「立花様御一行様の案内役、加藤家家来、森本一房にござります。」
小野鎮幸「立花家家老、小野和泉守鎮幸でござる。あ、こちらが、」
立花宗茂「立花尚政でござる。此度は世話になり申す。」
森本一房「あ、立花様!これは御無礼つかまつりました。(土下座しようとする)」
立花宗茂「あ、いや。森本殿、素浪人に土下座など無用じゃ。お立ちなされよ。」
小野鎮幸「森本氏、気楽にの、気楽に‥。そう畏まれると話もしにくいでな。ですな殿。」
立花宗茂「左様。ささ、御立ち願おう。」
森本一房「かたじけのうございます。では略儀ながら‥。」
小野鎮幸「ときに森本氏。あれは西の大手門とのことでござるが、これは、何かの手違いでは‥。」
森本一房「いえ、手違いなど‥。なにゆえそのように?」
小野鎮幸「我々は今や浪々の身分。大手門を堂々と通れるような立場ではござらぬ。云わば日陰者じゃ。日陰者が堂々と大手門から城に上がるなど、許されるものではありますまい。恐らくこれは、どなた様かの手配違いでござろう。あ、ここは、別の裏門へ廻ります故、案内(あない)願いたい。」
森本一房「これはしたり。我が殿、加藤清正公より立花様御一行におかれましては、礼を尽くしてお出迎えせよと命じられております。つきましては、こちら西大手門をお通り下さいまして、そのまま城内へ‥。」
立花宗茂「清正殿が我々のような者に礼を尽くせと申されましたのか‥。」
森本一房「はい。左様でございます。」
小野鎮幸「しかし、徳川内府の耳にでも入らば、清正様に累が及ぶようなことが。」
森本一房「左様なこと。立花様は我が殿と義兄弟の契りを結ばれた仲だと承知しております。無礼があれば当家末代までの恥辱になり申す。」
立花宗茂「うーん。」
森本一房「これは若輩のみどもが申し上げる儀では無いと存知ますが、腹を割って申し上げます。立花様はじめ御家中の皆々様が浪々の身分であるなどと、そのような考えは微塵も持っておりません。」
立花宗茂「なんと申された?」
森本一房「立花様は立花様でござります。」
立花宗茂「わしはわしじゃと‥。」
森本一房「歴戦すること鬼神のごとく。一度(ひとたび)も敗れたことがなく。領民からも慕われし、まさに、文武両道にに秀でた武士(もののふ)の鏡と承知しております。」
立花宗茂「そなた‥。」
森本一房「はい。堂々と大手門をお通り頂きましょう。」
小野鎮幸「と、殿。いけません。不覚にも拙者、目に涙が‥。」
立花宗茂「わしもじゃ和泉。(涙を堪えて)そなた森本氏と申されたな。かたじけない。貴公の名は生涯忘れませんぞ。いやいや和泉守、腹の底から力が湧いて来るようじゃ。」
小野鎮幸「はい。わたくしも気力が戻って参りました。ありがたい。ありがたい。」
立花宗茂「見よ。この隈本城。正直先程までは、重苦しい姿に見えておったのじゃが、どうじゃ、この威容!まさしく日の本一である。腕が鳴るようじゃわい。」
小野鎮幸「ですから先程わたくしもそう申し上げたではありませぬか。しかし殿!」
立花宗茂「なんとかは金。」
小野鎮幸「御意(笑)」
森本一房「さすれば皆様!どうぞ御駕籠のまま、城内へ‥。」
立花宗茂「あ、いや森本氏。」
森本一房「如何致されました?」
立花宗茂「ここは歩いて参ろう。森本氏、貴殿の心遣い深く礼を申す。しかしな。我々は駕籠でこの門を通るわけには参らぬ。これは我々の義でござる。」
森本一房「義でございますか‥。はは、承知つかまつりました。それではわたくし一足先に城中に戻りまする。城中はあの者が先導致します。では御免!(走り去る)」
小野鎮幸「加藤家には素晴らしい家臣がおりますなぁ。」
立花宗茂「そのようじゃな。では方々!参ろうぞ。」
ナレーション「そう云うと、宗茂は、西大手門の中央つまり王道ではなく、多少右寄りを静かに、深く一礼しながら通っていく。当然他の家臣達も同様である。荘厳で一糸乱れのない彼らの姿を間近に見ていた森本一房はこう呟いた。」
森本一房「やはり立花様は本物の武士(もののふ)だ‥。」
○清正と宗茂の再会
ーー西大手門を抜けた奥、頬当御門の前。ーー
ナレーション「隈本城は、難攻不落の城として世に知られている。常に臨戦態勢を感じさせる多数の櫓門(やぐらもん)や壮大な長塀など、まさに加藤清正の知略が十二分に活かされた難攻不落の城郭である。特に大小二層に分かれた天守閣の威容は、見るものを圧倒する迫力がある。その天守を間近に臨む頬当御門の前に今やお遅しと待ち構える清正らの姿があった。」
森本儀太夫「おう。駕籠を捨て馬を捨て、皆様一団の徒(かち)武者のごとし。」
加藤清正「儀太夫、見よ。いやぁ実に立花殿らしい‥。わしの予想通りじゃった。武士(もののふ)の、いや、人としての義をよーく分かっておる漢(おとこ)の姿じゃ。」
森本儀太夫「左様にござりますな。見るからに清清しい。」
加藤清正「おーーい!立花殿!飛騨守殿~!」
立花宗茂「(遠くから)加藤殿、居候只今到着致した!」
加藤清正「歩かずとも駕籠のまま通られて構わんのに。」
立花宗茂「(近付きながら)駕籠では足が鈍(なま)っていけません!」
ーー二人。対峙する。ーー
加藤清正「よう来られた。待っておりました。」
立花宗茂「加藤殿はじめ、ご家中の皆様がこのように出迎えて下さるとは。過分の出迎え。心に染みてござる。」
加藤清正「積もる話は後程たっぷり。とりあえず、一旦休息なされよ。」
立花宗茂「かたじけない。」
ナレーション「決して華美なものではなかったが、清正の心がこもった出迎えに感動する宗茂であった。だが一方で、立花の一行を冷ややかな目で見つめる一団があった‥。」
加藤家家臣A「徳川内府様に弓引いた逆賊でござろ。何故あのような出迎えをしなければならんのじゃ。」
加藤家家臣B「全く。これからあやつらにタダで飯を喰わせにゃならん。その分を我々に回して欲しいものじゃ。」
加藤家家臣A「殿も些か酔狂が過ぎますわい。」
加藤家家臣B「豊臣恩顧の大名数あれど、最も武勇の誉れ高きは我等が加藤清正様!」
加藤家家臣A「その家臣である我々は日の本一の武士団でござる。そのうち我等が強さを彼奴等に知らしめてやろうではないか!はははは!」
ナレーション「組織の大小に関わらず、何かしら事が動けば、それに悪意を持つ不満分子が発生するのは世の常である。殊に、関ヶ原の決戦に直接関わることなく、比較的簡単に肥後隈本及びその周辺を勝ち取ってしまった加藤家家臣団。少々世間知らずな驕りと慢心が、彼らをジワジワと侵食し始めていた。」
○立花宗茂・隈本城数寄屋丸・控の間
ナレーション「隈本城内数奇屋丸に入った宗茂一行は、森本一房の先導で居室へと向かっていた。」
ーー森本一房が先導して廊下を進む立花宗茂と小野鎮幸。ーー
ーー控の間の前で止まる。ーー
ーー障子を開ける。ーー
森本一房「ひとまずこちらで御寛ぎ下され。」
立花宗茂「かたじけない。」
小野鎮幸「おおぅ、これはまた立派な部屋じゃ!」
森本一房「立花様。では、それがしはこれにて‥。何か御用の際は、こちらの鈴(りん)をお振り下さい。直ちに伺いに参ります。」
小野鎮幸「世話をかけました。」
立花宗茂「あ、森本氏。一つ訊ねても良いか?」
森本一房「は、何なりと‥。」
立花宗茂「御家中には、我々のような居候を快く思わぬ者も多かろうなぁ‥。」
森本一房「いえ、そのような‥。」
立花宗茂「あ、良いのじゃ。そなたは真正直な人物である。顔で分かる。」
森本一房「あ、いえ。とんでもないことでござります。」
立花宗茂「正直に申されよ。のう、石潰しと思うておる者が多かろう。」
森本一房「いえ、しかし、腹の据わらぬ輩も、確かに。」
立花宗茂「おるんじゃな。」
森本一房「申し訳ござりません。」
立花宗茂「いやいや貴殿が謝ることではない。良いのじゃ、良いのじゃ。大切な碌を横からつまみ食いするようなものじゃからのぅ。詮無き事である。」
小野鎮幸「元より大手を振って居候を決め込むつもりはござらぬが、御家中の気持ちを知らぬまま過ごすよりは、その心中を酌んで余計な軋轢を生まぬようにすることこそ大事。ですな、殿。」
立花宗茂「左様‥。森本氏。我々は一日も早く加藤家家中の方々と打ち解けるよう相務める。貴殿からも、何か気にかかること有らば、遠慮なくわしかここに居る和泉守鎮幸に申して下されい。」
森本一房「は。」
小野鎮幸「立花侍の中に不届き者がおったら、拙者がこの刀にかけて成敗致す。遠慮のう申して下されよ。」
森本一房「承知つかまつりました。」
立花宗茂「何かと面倒を掛ける。頼みます。」
森本一房「はは!、さすればそれがしはこれにて。ゆるりとご休息下さりませ。では。」
ーー退出する一房。ーー
小野鎮幸「やはり、殿、地獄耳でございますな。」
立花宗茂「和泉、そのほうも歳の割には耳が良い。」
小野鎮幸「逆賊、ただ飯喰いとか呟いておりましたな。」
立花宗茂「しかし、正直な声であろう。あの者も悪気は無いのじゃ。邪心を消すには力では駄目じゃ。むしろ我々の細やかな心遣いが必要であろう。」
小野鎮幸「殿のように人間が出来ておられる方は心配ござらぬが、配下の者共は、腕に覚えある歴戦の猛者ばかり。些か心配でござります。」
立花宗茂「誰か、睨みの利く者がおらぬか?」
小野鎮幸「左様でござりますなぁ。十時連貞などは如何でござりましょう?」
立花宗茂「連貞か‥。」
小野鎮幸「平素は物静かな男でござりますが、ここ一番での剛直さは当家随一でござりましょう。何より、若い者からの信服も厚うござります。」
立花宗茂「よし。連貞に当家の者の取りまとめを任せよう。」
小野鎮幸「それでは早速連貞に話をして参りましょう。」
立花宗茂「頼む。」
小野鎮幸「殿はしばらくお休み下され。」
ーー障子を開ける。ーー
ーー風が入る。ーー
立花宗茂「いや、そうもいかぬ。この城の縄張りを学びたい。清正殿が何を考え、斯様な堅固な城を築き上げたのか?とても休んでおる暇などないわい。(笑)」
小野鎮幸「確かに聞きしに勝るとはまさにこのこと。あの大小二重の天守。そしてあちらにはもう一つ天守が‥。」
立花宗茂「それに見よ。この堅固な櫓の数々。」
小野鎮幸「他の城であれば天守閣に匹敵する櫓が十以上ございます。このような難攻不落の城を見たことが無い。」
立花宗茂「加藤清正殿は、何かをお考えのはず。」
小野鎮幸「ですなぁ。」
○数奇屋丸二階御広間
ーー廊下の燭台に火が灯される。ーー
ナレーション「時が経ち、夕餉の時間となった。隈本城数奇屋丸二階の御広間にて立花宗茂・加藤清正そして給仕役の森本一房が静かな宴席を始めていた。」
加藤清正「では飛騨守殿一献参ろう。」
立花宗茂「清正殿、此度は何から何までかたじけなく。このご恩は‥。」
加藤清正「何を硬いことを申される。さ、ささ、一献。」
立花宗茂「頂戴致します。」
加藤清正「一房。今宵は無礼講じゃ。そちも適当に飲め。」
森本一房「はは!」
加藤清正「注いでやろうか?」
森本一房「め、滅相もない。手酌で参ります。」
立花宗茂「ははは。いやぁ、この森本氏は、なかなか良か若侍でございます。」
加藤清正「馬鹿正直なところがこやつの良かところったい。」
立花宗茂「こちらの国言葉はまだ不慣れでございますか?」
加藤清正「いやぁ、筑前と云い、筑後、そして肥前、肥後、正直慣れません。」
立花宗茂「薩摩など、それ以上でござりますからなぁ。」
加藤清正「(杯を飲み干して)んー、甘い。如何でござる?肥後の赤酒は。」
立花宗茂「は、なかなかの美味。」
加藤清正「おぅ、そうじゃ。薩摩よ薩摩。一房、あれがあったはずじゃが‥。」
森本一房「あれでございますか。もう宜しいので‥。」
加藤清正「構わぬ。持って参れ。」
立花宗茂「主計頭(かずえのかみ)殿、あ、いや肥後守殿でござった。あれとは?」
加藤清正「丸に十の字の殿様からの進物でござる。」
ーー膳を持ってくる一房。ーー
森本一房「お待たせ致しました。」
加藤清正「薩摩の焼酎でござる。」
立花宗茂「おお、これは!」
加藤清正「甘き酒の後は、こういうのが良いと思うが‥。」
立花宗茂「全く。」
森本一房「お注ぎ致します。」
立花宗茂「すまぬ。」
加藤清正「薩摩随一の焼酎とのことでござった。如何?」
立花宗茂「くぅー!これはかなり。効きますい。」
森本一房「殿。」
加藤清正「うむ。一房も勝手にやれよ。」
森本一房「はは。」
加藤清正「くぅー!これはなんともはや!」
ーー室内に笑い声がこだまする。ーー
○密談
ーーかがり火の薪が爆ぜる。ーー
立花宗茂「いやぁ、今宵はたんと頂きました。肥後の美味を堪能致しました。」
加藤清正「喜んで頂けたかな?」
立花宗茂「勿の論でござる。」
加藤清正「丸に十の字も良い時に酒を届けてくれたものじゃ。」
立花宗茂「島津兵庫殿、義弘殿は壮健でありましょうや。」
加藤清正「おう、そうじゃ。書状には、飛騨守殿のこと暮々も宜しくと認(したた)めてござった。」
立花宗茂「有難い。」
加藤清正「訊くところによれば、関ヶ原の合戦に於いて、まさに敵陣のど真ん中を堂々と突破なされた島津勢。生きて帰れたのは手勢一千の内、僅か八十とか‥。」
立花宗茂「捨て奸(すてがまり)と申されておりましたな。」
加藤清正「捨て奸?‥。」
立花宗茂「はい。種子島を携えた兵を少数残し、本隊は退きます。敵の追手が近づきますれば、種子島で馬上の将を狙い撃ち致します。その後、槍に持ち替え、敵中に突っ込みます。」
加藤清正「討ち死に覚悟ということか。」
立花宗茂「はい。この捨て奸を幾度も繰り返し、追手の足を鈍らせ、そして義弘殿は辛くも戦場(いくさば)を突破なされたと‥。」
加藤清正「うーん、壮絶でござるな。だが、さすがは薩摩武士じゃ。敵にはしとうない。」
立花宗茂「まさしく。」
加藤清正「いや、しかし島津と立花殿は‥。あ、、失礼ながら、仇敵であったはず‥。おう、そうじゃ。飛騨守殿の父上の仇ではござらぬか。」
立花宗茂「はい。養父立花道雪は島津との戦の最中(さなか)に病に倒れ亡くなりました。実父高橋紹運は、岩屋城にて城を枕に‥。」
加藤清正「であれば尚の事。関ヶ原の後、あれは播州姫路でござったかな。損耗しきって遁走致せし島津との遭遇は、まさしく仇敵を討ち取る千載一遇の好機だったのでは。」
立花宗茂「家中にもそのように申す者が多ございました。」
加藤清正「しかし、飛騨守殿は‥。」
立花宗茂「はい。島津兵庫殿をお守り致しました。」
加藤清正「うむむ。分からぬ。何ゆえでござる。」
立花宗茂「簡単な理屈でござる。」
加藤清正「聴きたい。」
立花宗茂「敗軍を討つは、武家の誉れにござりません。」
加藤清正「なんと。」
立花宗茂「たとえ仇敵であろうとも、弱っている者をいたぶるは、武士(もののふ)の、いや、男子たるものの行うことではござりません。」
加藤清正「‥ははぁ、いやぁさすがじゃ。飛騨守殿はまさしく武士(もののふ)、いや男子の鏡なり。」
立花宗茂「島津兵庫殿も相当な武士(もののふ)でござります。播州姫路にていろいろと世話を焼いてくれた井上惣兵衛という者がおりまして、逃げ帰る途中故、今は何も礼ができぬということで、島津の姓と丸に十の字の家紋をお与えでございました。」
加藤清正「ほう。なかなか出来ぬことじゃなぁ。」
立花宗茂「義に篤き御方でございます。」
加藤清正「義に篤い‥。ん、なるほど。それで合点がいった。我々が柳川城を取り囲んだ際、薩摩より島津勢が押し寄せて参ったが、あれは飛騨守殿へのまさしく恩義に報いるもの‥。幸い、既に柳川城開城と相成っていたため揉め事にはならなんだが、時を逸しておれば、我々は島津と大激戦になっていたであろう。」
立花宗茂「無用の戦にならず、結構でござった。」
加藤清正「‥飛騨守殿。まさか、いやまさかのう。しかし‥そなた。全てを見越した上で、その先を見通した上での開城を‥。我々を戦わせぬための‥。」
立花宗茂「‥はい(笑)」
加藤清正「なんと!」
立花宗茂「清正殿も、島津殿も、あるいは黒田如水殿もそうかもしれませぬ。皆様、相通じる『義』をお持ちであると拝察出来ました故‥。」
加藤清正「いやはや。わしの前に今おられるこちらの御仁は、まさしく諸葛孔明の生まれ変わりかもしれぬわい。のう一房。」
森本一房「御意に存じます。」
立花宗茂「いやいや、そのような‥。身共は只、義を貫くため、そのために必要な森羅万象の理屈に従っただけのことでござる。」
加藤清正「さすれば、わしが何を考えているか、恐らく見通しておられる。」
立花宗茂「うむ‥。あ、いや、想像は致しております。が、確証がございません。それを改めたく、此処にまかりこしてございます。」
加藤清正「それは重畳。重畳。時に飛騨守殿(声のトーンが変わる)。酒に酔われましたかな?」
立花宗茂「(何かを察して)酔いました。酔いましたが、正気でござる。」
加藤清正「ではこれより、酔うたタワケの戯言。聞き流して頂こう。」
立花宗茂「承知。」
加藤清正「一房。お前もよく訊いておけ。但し。絶対他言無用。よいな。」
森本一房「御意。」
立花宗茂「しかし、お屋敷を取り囲むこの只ならぬ殺気は如何したものでござります?」
加藤清正「さすがは飛騨守殿。よう気付かれました。いま、この数奇屋丸のぐるりを直参に囲ませております。」
森本一房「殿、誠でござりますか?」
加藤清正「狸に聞かれてはまずいでな(笑)」
森本一房「では、乱破(らっぱ)への警戒でござりますか。」
加藤清正「左様。近頃、狸爺の手の者が煩くてのぅ。」
立花宗茂「なるほど。では肥後守殿、その先を聞かせて頂こう。焼酎のせいか尻がムズムズしてござる。」
加藤清正「では改めて‥。」
立花宗茂「拝聴つかまつる。」
加藤清正「今さら申すべくもなく、身共は、関白殿下の臣でござる。」
立花宗茂「はい。いまは浪々の身なれど、私も同様の思いでござる。」
加藤清正「内府の顔色を伺っているのは事実ではあるが、豊家に対する恩義を忘れてはござらぬ。しかし、時流は徳川にあり。逆らえども叶わぬ流れと悟り申した。」
立花宗茂「関ヶ原の始末を見れば、今や徳川を押さえ込むのは至難の業。」
加藤清正「だがしかし、豊家の血筋。この存続は絶対でござる。」
立花宗茂「身共も豊家への恩義は絶対であると存じております。」
加藤清正「そこでじゃ。その恩義なんじゃが‥。わしとは袂を分かったことになっておるが、佐吉、三成でござるよ。」
立花宗茂「はい石田三成殿。如何致しました?」
加藤清正「うん。あやつが守ろうとしたのは、豊臣の天下であったと思う。それはそれで忠義でござる。だが飛騨守殿、ワシはこう思うのじゃ。天下などと云う物は、無常な時の流れに押し流されるものじゃなかろうか‥。」
立花宗茂「確かに栄枯盛衰そして諸行無常と申します。」
加藤清正「流れに逆ろうて天下に無理な力を加えると、どうじゃろう、大抵死人(しびと)の山が出来るように思えませぬか。」
立花宗茂「確かに多くの血が流れました。」
加藤清正「佐吉も最後は六条河原にて打ち首じゃ。」
立花宗茂「天下を守らんと些か焦っておいででしたなぁ。」
加藤清正「ワシはのぅ飛騨守殿。豊臣の天下ではなく、豊臣の血を守ることが『義』であると考えております。」
立花宗茂「天下など家康にくれてやるということですな。」
加藤清正「だが内府殿は、豊家への恩顧と実利。天秤に掛けておりましょう。」
立花宗茂「古狸のこと。恐らく利を取るかと‥。」
加藤清正「利に走る。すなわち天下総取り‥。」
立花宗茂「豊臣の血をも吸い尽くす覚悟かもしれませぬ。」
加藤清正「そなたもそうお考えか?」
立花宗茂「はい‥。」
加藤清正「さすればその際は‥。」
立花宗茂「その際は‥。」
加藤清正「この隈本城には大小二つの天主がござってのぅ。もし仮に古狸が豊家殲滅などを画策した際には‥」
立花宗茂「これは肥後守殿!やはり!」
加藤清正「お分かり頂けたか?」
立花宗茂「分かるも何も、肥後守殿の御覚悟。確かに我が胸のうちに仕舞い申した。」
加藤清正「なーに、酔っ払いの戯言でござる。」
立花宗茂「その戯言。まさしく我が意を得たり!」
加藤清正「飛騨守殿!」
立花宗茂「なれば身共も戯言を‥。そこな一(いち)の天主には肥後守殿が入られ戦の差配をなさりましょう。そして二の天主には右大臣秀頼様。ではあちらの小天主(宇土櫓)は‥。」
加藤清正「飛騨守殿に入って頂ければ、まさに百人力でござろうな。」
立花宗茂「有難き幸せ。」
加藤清正「他の五階櫓には、この焼酎の送り主にでもお入り頂こうか‥。そして如水・吉兵衛(黒田長政)の凸凹親子も実はやる気じゃ。」
立花宗茂「まさしく九州での関ヶ原!この合戦。戦う前に勝ちで決まりでござる。」
加藤清正「うむ。だがそれはあくまで最後の手段でござる。確かに徳川の世は遅れ、豊家は残ることにはなりましょう。しかし様々な遺恨がこの世に渦巻いたままじゃ‥。恐らくは、奥州の伊達あたりが無闇にかき回し、再び世は戦国乱世ということになりましょう。」
立花宗茂「確かに伊達は手強い‥。」
加藤清正「ワシは徳川の世でも一向に構わんと思うております。しかし豊家は残らねばならぬ。これは清正の漢(おとこ)としての義でございます。」
立花宗茂「それは身共とて‥。」
加藤清正「戦は最後の最後。出来ればあの古狸を改心させ、義の重さを分からせたい。そもそも、若き頃より苦労なさったお方じゃ。きっとお分かりになると‥。信じるに足る人物であるとワシはそう見ておるのじゃが。」
立花宗茂「なるほど。」
加藤清正「内心、お分かり頂けたか?」
立花宗茂「はい‥。義を通そうにも利が勝る時がございます。そして利だけが一方的に勝り、世の中が一気に動くこともございます。此度の関ヶ原などまさしく利に傾いた戦でございました。小早川をはじめ、朽木、赤座、小川、そして脇坂。いや、恨み言は申しますまい。利が勝ったのでございます。しかし、そのような世の中は必ずや人心相乱れ、まさしく亡者が溢れかえる生き地獄のような世になりましょう。」
加藤清正「この世は義が勝ち過ぎれば息苦しい。だが、利が勝ち過ぎれば人心乱れに乱れる。」
立花宗茂「左様にござる!ほどよき天秤。その匙加減が肝要。この世に義があることを後の世に知らしめなければなりませぬ。」
加藤清正「よくぞ申された。徳川勢を忠滅する必要はござらぬ。義の重きこと理解させればそれで良い。」
立花宗茂「さすれば、此の地に長逗留は出来ませぬな。頃合を見計らってまずは京に向かいましょう。伏見の古狸をチクリとやってみせまする。」
加藤清正「あ、いや飛騨守殿。左様に急がれることはない。出来れば当家に入られてはと考えておったところじゃ。出せるだけ碌は出すつもりじゃが。」
立花宗茂「加藤殿。私は一度決めたことは貫き通す男でございります。」
加藤清正「あいゃぁ。そうであったなぁ。もそっと回りくどく話を進めるべきでござった。清正、大きな獲物を見事に仕損じたぁ!」
立花宗茂「虎は獲れても筑後の統虎(むねとら)は些か難しゅうござります。あっはははは!」
加藤清正「いや参った(笑)」
○小野和泉守鎮幸の口上
ナレーション「宗茂は、京に上る機会を伺いつつ、加藤家の食客として暮らしていた。半年が過ぎ、加藤家旗本と立花家臣団との軋轢は徐々に解消されつつあったが、一部白黒を鮮明にしようと画策する者がいた。特に加藤家三傑に数えられた槍の名手・飯田覚兵衛はことあるごとに立花家臣団と反目していた。」
ーー宴席。ーー
森本一房「飯田様。今宵は些か御酒が過ぎまする。」
飯田覚兵衛「なにをぉ?一房、貴様、立花家との橋渡し役か何か知らぬが、若造が黙っておれ!」
加藤家家臣A「(小声)お!今宵は飯田様がひと槍突かれるようじゃぞ!」
加藤家家臣B「(小声)飯田様!待ってました!」
飯田覚兵衛「時に小野和泉守殿、武門の誉れ高き立花飛騨守様でござるよ。その飛騨守様が奮戦なされた戦について是非とも話を伺いたい。あ、いや、当家清正公の武勲につきましてはな。あれこれ芝居にまでなるほどの猛者でござる。立花飛騨守様の武勇伝も、あれほどの噂のお方でござろ。何かあるはずじゃて。是非とも伺いたいものじゃ。」
十時連貞「(小声)小野様、あのように云われては‥。」
小野鎮幸「(小声)十時、捨て置け。酔いに任せて自慢をしたいのじゃろう。」
飯田覚兵衛「そこでこそこそお話にならずとも、堂々とお話になればよい。」
小野鎮幸「されば失礼仕る。」
ナレーション「そう云うと小野和泉守鎮幸は部屋を無言で出て行ってしまった」
飯田覚兵衛「あいたた。これはしたり。小野殿を怒らせてしまったかな。無理難題をふきかけてしもうたようじゃ。」
十時連貞「飯田殿。言葉が過ぎます。」
飯田覚兵衛「ほう。十時殿。では貴殿が御殿(おんとの)の武勇伝を語って下さるのか?‥もっとも、あればの話でござるが‥。」
十時連貞「なんですと!」
ーーそこへ小野鎮幸が書状を持って戻って来る。ーー
小野鎮幸「十時。落ち着け。あ、皆様、失礼致しました。本来武士(もののふ)は、自らの武功を声高に自慢するなど、品行まさしく下の下と思うておりましたが、こちら肥後ではそうでもないご様子。」
飯田覚兵衛「なんですと?」
小野鎮幸「(大声で)しかし、武功を語るならば、口先だけでなく正しき書状が必要かと存じ、居室に戻り、感状を持って参った。なにぶん、戦の数が数知れず。いちいち覚えてござらんのでな。ちなみに傷は全てで六十七までは数えてござる。さーてどれから参ろうか。まずは‥」
ーー感状の束をバサバサと捌く。ーー
ナレーション「そう云うと和泉守鎮幸は、諸肌を脱ぎ、体中に刻まれた歴戦の傷跡を指し示しながら、感状の文言を朗々と語り始めた。」
小野鎮幸「続いてこちらの右肩の傷でござるが、えーとこれは何でござったかな‥(感状の束をめくる)」
加藤家家臣A「(小声)おい、あれは洒落にならぬぞ。」
加藤家家臣B「(小声)確かにあれほどの歴戦の兵は当家にもちとおらんのではないか?」
飯田覚兵衛「(大声)あいやぁ小野殿。和泉守殿。分かった。よーく分かり申した。貴殿の武勇。正真正銘でござる。いや、非礼の段、此の通りじゃ。お許しくだされい!」
小野鎮幸「ん?まだまだ続くがのう‥」
加藤家家臣A「(小声)あー、このままですと朝まで続きそうじゃ。」
小野鎮幸「左様か。ならば一言言上つかまつる。皆様のご主君加藤清正公がかつて天草・仏木坂(ぶっきざか)に於いて、敵の客将・木村弾正との一騎打ちとなった際のことじゃ。腕に覚えある弾正が清正公ご愛用の十文字鎌槍のひと刃を折り取った。しかし清正公。さすがは賤ヶ嶽ヶ七本槍の一人に数えられる猛将でござる。怯むことなく弾正を見事討ち取ったと訊き及んでおりまする。さてさて、ここに居られる皆々様は、その際、どこで何をしておられたのかな?あ、いや戦場(いくさば)のこと、細かいことは申しませぬが、少なくとも、御殿を危うき目に遭わせる様なことは、立花武士は致しませぬぞ。」
飯田覚兵衛「ああー参った!参りました。小野殿どうか我々の非礼、お許し下され。
どうやら目が曇ってござった。不明この通りじゃ!」
小野鎮幸「分かって頂ければそれでよいのです。」
ナレーション「この場は、二人のの手打ちとなったわけだが、この噂が城中に広がるにつれ、かえって加藤家と立花家の感情的な溝は深いものとなっていった。」
○隈本城天主
ーー階段を上がってくる加藤清正。ーー
ナレーション「小野和泉守鎮幸と飯田覚兵衛の意地の張り合いからひと月が過ぎたある日。加藤清正は、隈本城天守閣の最上階に居た。」
加藤清正「‥よっこらしょ。ふぅ~。あ~!息が上がる。」
ーー遅れて上ってくる飯田覚兵衛と森本一房。ーー
飯田覚兵衛「(息切れ)と、殿、些か、早うござります。も、もそっと、ゆるりとお昇り頂けませぬか。」
森本一房「殿も飯田様もお年の割りに、いやいや健脚でござりますなぁ。」
加藤清正「覚兵衛。いやぁ風が心地よいぞ。」
飯田覚兵衛「は、はい。確かに。ここまで上がりますると、また風も格別。しかし、また何ゆえ天主のてっぺんなのでござりましょう?」
森本一房「お人払いということではござりませぬか。」
加藤清正「一房、正解!」
飯田覚兵衛「へ?お人払いでござりますか。ふぅ。なにも、ここまで上がらずともお人払いなど何処でも出来ましょう。」
加藤清正「覚兵衛。ここからの眺めそして風じゃ。良き知恵を出すためにはこれ以上の場所はない。」
飯田覚兵衛「はぁ、左様で‥。」
ーー板の間にドカっと座る加藤清正。ーー
加藤清正「ま、覚兵衛、一房、そこに座れ。」
森本一房「はは。」
飯田覚兵衛「よっこらしょ。ふぅ、やっと息が落ち着いて参りました。」
加藤清正「うむ。では始めよう‥。実はな。立花飛騨守殿と家来衆についてなんじゃが。」
飯田覚兵衛「はぁ。」
加藤清正「いつぞやの覚兵衛とそれ、立花家の‥。」
飯田覚兵衛「あ、ひょっとして小野和泉殿との一件でござりますか?」
加藤清正「それじゃ。結構やりあったそうではないか。」
飯田覚兵衛「ちと酒が過ぎまして、つい。ですが殿、小野殿とはその後手打ちを致しまして、今では昵懇(じっこん)の仲でござります。」
加藤清正「そちと小野和泉が昵懇になれたのは良し‥。だが些か面倒なことがのぅ。一房。」
森本一房「はぁ‥。」
飯田覚兵衛「一房。何か良からぬ動きでもあるのか?」
森本一房「はい。殿、宜しゅうございますか?」
加藤清正「話せ。」
森本一房「は‥。実は、此度の一件、家中の者共に知れ渡っておりまして‥。」
飯田覚兵衛「ひと悶着あったのは事実ではあるが、今は落着しておる。知られたとて、何もひとつ不都合はなかろう‥。」
森本一房「はぁ。ところがそのようではなく‥。」
飯田覚兵衛「何じゃと?」
森本一房「小野和泉殿の剣幕に飯田様が折れたとの噂話になっているようでございます。」
飯田覚兵衛「まぁ、確かに間違いではない。」
加藤清正「それじゃ。家中の者共は、そちが立花家家臣に負けたと邪推しておるのじゃ。」
森本一房「中には、立花のご家中に一矢報いてやろうなどと広言する輩もいるようでございます。」
飯田覚兵衛「これはしたり。」
加藤清正「そこでなんじゃが‥。」
飯田覚兵衛「身共が、家中の者共に直々に話を致します!」
加藤清正「いやいや。それはよいよい。」
飯田覚兵衛「はぁ‥。」
加藤清正「飛騨守殿とも腹を割って話をした。そこでじゃ。立花家の家臣団をな、当家に組み入れることにした。」
飯田覚兵衛「お召抱えになると‥。」
加藤清正「そうじゃ。皆其々有能な者共である。当家にとっても戦力向上に必ずやつながるはずじゃ。」
飯田覚兵衛「それは宜しゅうございます。しかし、立花飛騨守様は如何なされるので?」
加藤清正「仔細は語れぬのだが、一部の手勢を率いて京に上られる。」
飯田覚兵衛「京に!でございますか。」
加藤清正「ワシには出来ぬ離れ業を、飛騨守殿が成し遂げて下さる。その第一歩となろう。」
飯田覚兵衛「左様でございますか。」
加藤清正「新たに迎える者共と古参の者共との仕切り、覚兵衛と小野和泉に任せたいが‥。」
飯田覚兵衛「それは喜んで‥。それにしましても、立花様には大変なご迷惑をおかけしたのでは‥。全ては身共の不行状のせいで‥。」
森本一房「飯田様。それは違います。」
加藤清正「そうじゃぞ。飛騨守殿が京に上られることは予め決めていた話である。ただ、次期がちと早まった。それはそちのせいではある(笑)。」
飯田覚兵衛「あちゃー。誠に申し訳ございません。」
加藤清正「ははは。まぁよい。(立ち上がり、窓に近づく)それにしても見よ。あの火の山阿蘇の立ち上る煙。風任せではあるが、力強い。まるで飛騨守殿のようじゃ。」
森本一房「京はあの山の遥か遠く‥。」
飯田覚兵衛「一体、何が始まろうとしておるのです?」
加藤清正「覚兵衛。いずれ話す。今は我慢してくれ。以後口外無用で宜しくな!」
飯田覚兵衛「はは。」
加藤清正「九州の諸大名が持つ義が勝つか、それとも徳川の利が勝つか?大勝負じゃ。」
○高瀬村
ーー小川の流れ。ーー
ーー小鳥のさえずり。ーー
ナレーション「此の頃。立花宗茂は、隈本城を出て、高瀬村いまの熊本県玉名市に小さな庵(いおり)を構え、静かな日々を送っていた。」
立花宗茂「しかし和泉。大層な剣幕だったそうじゃなぁ。」
小野鎮幸「あ、いえ、決して左様なことは。私は、穏やかに話をしたつもりで‥。」
立花宗茂「飯田覚兵衛から非礼を詫びる書状が届いておったぞ。小野和泉守鎮幸殿の武将としての迫力に感服したとあった。」
小野鎮幸「あー、いやいやこれは。‥殿。私としたことが誠に申し訳ござりません。実は年甲斐も無く、頭に血が上ってしまいまして。」
立花宗茂「まぁよい。いつかはこうなるやも知れぬと思っておったしな。はてさて‥。」
小野鎮幸「殿、如何致されました?」
立花宗茂「あ、うん、面倒な喧嘩やあるいは斬り合いにならんでむしろ良かったかも知れん。のぅ和泉。(笑)」
小野鎮幸「あ、いや。誠に面目ござりません。しかし、飯田殿とは、あれ以来昵懇の中となりまして‥。」
立花宗茂「雨降って地固まる‥ということじゃな。どうじゃ、飯田覚兵衛なる人物は?」
小野鎮幸「はい。些か短気なところはござりますが、やはり歴戦の兵でござります。互いに盃を上げつつ戦場での武勇伝など語り合いますと、もう盛り上がる盛り上がる!」
立花宗茂「そち、しばらく見らぬ間に顔の肌艶も心なし良くなっておるように見えるぞ。」
小野鎮幸「はあ、左様でございましょうか。うーん、確かに隈本の城もなかなか居心地が良くなって参りました。」
立花宗茂「うん、それはよい。ではそちは加藤家に御仕えせよ。」
小野鎮幸「はぁ?何ですと?」
立花宗茂「ワシは京に上る。しかし些か手元が心もとない。元より浪々の身故、仕方がないことではあるが、ついてくる者達が些か哀れでなぁ。そこでじゃ、その方は加藤家に残り、時折軍資金を調達して欲しいのじゃ。」
小野鎮幸「いえ殿!私も京に参ります。」
立花宗茂「気持ちは重々承知しておる。しかしな、和泉、聞き入れてくれぬか。そちを加藤家に残すことは、極めて大きな訳があるのじゃ。」
小野鎮幸「訳‥と申されますと?」
立花宗茂「今はまだ云えぬ。しかし何れ必ず和泉の力が必要な時が来るのじゃ。しかもそれはこの隈本に居てこそ叶うことなのじゃ。」
小野鎮幸「(涙を堪えて)‥承知致しました。御下命、命に代えて成し遂げまする。」
立花宗茂「すまぬの。‥加藤肥後守殿には話をまとめておる。加藤家のため、励め。」
小野鎮幸「ですが殿!なんとしても義を貫き通して下さりませ。でなければ小野和泉守鎮幸浮かばれません。銭のことなら身共が何とか致します故!」
立花宗茂「合い分かった!後は頼んだぞ和泉!」
ナレーション「数日後、立花宗茂は、僅か十九人の手勢を連れて一路『京』へ‥。宗茂を補佐するのは信任厚き十時連貞。そして、残る家臣団は、小野和泉守鎮幸を筆頭に加藤家に仕官‥。義を貫くための大勝負は、まさにこれからが本番であった。時に慶長六年、西暦一六〇一年、七月のことである。」
(前編「火の山胎動」終わり)
「後編あらすじ」
十時連貞ら僅か十九名という手勢を率いて立花宗茂は京に向かった。
明日の米に事欠く極貧生活の中、町人向けに寺子屋を開く宗茂。
寺子屋では堂々と徳川批判を展開。その噂を聞きつけた徳川内府は重臣本多忠勝を差し向ける。再開を喜ぶ宗茂と忠勝。
さらに島津、黒田が絡み、九州諸大名による豊家存続極秘作戦が発動。
清正の死。
そして遂に大坂の陣が火蓋を切る。
豊臣秀頼の遺児「国松」を大坂城から逃がす大作戦。
宗茂のとんでもない秘策に同調する島津、黒田そして本多忠勝。そこに割って入る本多正信。
果たして徳川内府はどう動く?
義を貫く宗茂の活躍にご期待下さい。