テレコム九州における自己完結型エッセイ/ParaTのいけてるマルチメディア
テレコム九州は「社団法人九州テレコム振興センター」が発行する小冊子(季刊)です。

Vol.3「SOHOが流行らない幾つかの障壁」

1997年11月中旬執筆('98年1月号掲載)

 マルチメディアを文科系の視点で斬る!ということで御好評のこのコーナー、迎えて3回目でございます。
 さて今回は『SOHO』についてのあれこれです…。ご存じの方も多いと思いますが、SOHOとは《スモール・オフィス&ホーム・オフィス》の頭文字をとった略語です。郵政省流に言うと「テレ・ワーク」というやつの一種ですね。そもそもテレ・ワークとは、電話やインターネットなど情報通信システムを利用して、職場から離れた別の場所で働く新しいワークスタイルのことなのですが、とりわけパーソナルな位置付けとして『SOHO』という言葉が一般的になっています。
 今回は、そのSOHOについていろいろと語ってみようと思っているのですが、その前に、思考回路の切り替えを読者諸氏に御提案しなければなりません。なぜなら、SOHOの基本的なシステムを正しく認識し、その長所を活かすためには、今の日本が抱えるあらゆる構造に対する認識を大胆に変えて頂かなければならないからなのです。
 はっきり申しましょう…『日本の社会感覚ではSOHOは発展しない!!』…だから何をすべきなのか?…。

 というわけで、恒例の「例え話」から参りましょう。
 先日、宇宙飛行士の土井さんによる”日本人初のスペースシャトル船外活動”という明るいニュースがありましたが、さぁてお立ちあい!ここでクイズですよ。

「スペースシャトルや人工衛星は、地球の周りを飛んでいる…◯か×か???」

「そりゃあぐるぐる回ってるんだから◯だろう…」とお答えになるでしょうね。しかし、答えは「×」なんです。
 スペースシャトルや人工衛星は、半永久的に「落ちている!」のです。…ちょっと一休さんのトンチ話みたいですね。でも「落ちている!」のです。
 地球上でボールを投げれば必ずどこかに落下します。それは引力があるからです。思いきり遠くに投げてもやはりどこかに落下します。ところが、ある一定以上の凄い速度で投げてやるとどうなるでしょう。なんと、そのまま地球を一周して自分の所に帰って来てしまいます。でもいずれは落ちて来ます。「引力」があるからです。
 さてさてこれが人工衛星なんですね…。飛んでいるのではなく「半永久的に落ち続けている」のです。
 ますます一休さんのトンチ話のようですが「ちょっとだけ見方を変えてみる」…そんな感覚でこれからの話をお読み頂きたいのであります。

まずは自慢話から…。
『わたし、SOHOやってます!』

 1982年頃ですが、私は大学入学と同時に放送作家として東京の某ラジオ局でデビューしました。放送作家というのはその名の通り、番組の台本を書いたり、企画会議でアイデアを出したりするのが基本的な仕事です。
 実は私、非常に天の邪鬼なところがありまして”東京に住むのが嫌い”なんですね…。なぜ嫌いかと言うと「感覚が鈍る」からなのです。東京在住のマスコミ人の多くが”東京の感覚イコール日本の感覚”という誤った認識を持っておりまして、例えば西麻布の路地裏にあるフレンチレストランなどのグルメ情報を「全国ネットで堂々と放送してしまう愚行」をよくご覧になると思いますが、田舎のおばちゃんにそんな情報は全く無価値なのだということを彼等は全く認識していないわけです。こういう間抜けなマスコミ人を見ると、若干18歳で血気盛んな種田くんは「なんて頭悪いんだろう…」とストレートに怒ってしまうわけで、ここら辺でのお付き合いがとってもイヤでイヤで『東京=熊本行ったり来たり暮らし』というシステムを選択したのでありました。

 さてさてえらく前置きが長くなってしまいましたが、”仕事は東京、暮らすのは熊本”という生活をやっているということは「なんだSOHOじゃないか!」ということになるわけでありまして、ナント私は自他共に認める『元祖SOHO人間』だったのであります。
 その頃は、インターネットや電子メールなんていうもの自体の存在すら知りませんでしたから、自ずと通信手段は「郵便」「電報」「電話」「のろし」(これは冗談)に限定されます。ところが、台本を熊本から東京に送るのにまさか電話や電報というわけにはいきませんし、日数に余裕があれば郵便の速達でOKなのですが、急ぎの仕事だとちょっと辛い。そこで登場したのがファクシミリです。1982年当時ですからね、パーソナルファクスなんて勿論売ってません。車1台買える位の業務用を買いまして、これで本格的なSOHO生活に突入することになったわけです。多分18歳やそこらでファクスを個人で買ったのは全国でも極めて稀だっと思います。

 それから15年…。今やインターネット時代です。遂に私の時代が来た!という感じですね。台本(最近はあんまり書かないけど)や企画書を送るには電子メールでポン!といった感じ。データベースの検索やちょっとした資料を集めるのにもインターネットは欠かせません。ファクスもまだまだ健在です。私は現在、新聞や業界誌などに幾つかの連載を抱えていますが、ちょっとした原稿の送受信にはファクスが今でも役立っています。
 というわけで、私の仕事のスタイルを世の中がSOHOと呼んで下さるようになってくれたお陰で、それまで「いつも家の中に居て、どうやって仕事しているのだろう…怪しい奴じゃ」と思われていたワタクシにやっと陽の光りが射し込んで来たわけであります。(自慢話おわり)

とは言え、苦言その1…。
『誰にでも出来るわけじゃない』

「家庭の主婦にでも出来るSOHO」とテレビのニュースが無機質に伝えています。確かに、インターネットに接続されたパソコン1台あれば、とりあえずSOHOと呼ばれるものを開業することは可能です。しかし、確かに可能ではあるのですが目論見通りに経営することが出来るかどうかと言うと「かなり疑問!」です。
 ちょっと考えてみれば分かることなのですが、その人が余程の実力とそれなりのパイプを持っていなければ、仕事が来ることはまずありません。
 ホームページを作って特産品を売ろうと企画したものの、実際にはアクセスが全く伸びなくて特産品どころではない極寒サイト(よく見かけます)と御同様で、インターネットで何かを始めれば「お客が自然に湧いて出てくる」という大きな勘違いがそこにあるわけです。
 実際、ほとんどのSOHOは仕事になっていません。開店休業または事実上の閉店状態でありましょう。それはインターネットが持つ問題なのではなく、むしろ自分に問題があるのだと思考回路を切り替えるべきなのです。
 しかし、優秀なSOHOもありますよ。あえて胸を張って言いますが、私のところもかなり優秀なSOHOです。実力と自分をアピールする自信があれば、実績は後からどんどん着いて来ます。

『SOHOで何が出来るか』
 個人プレーで出来るもののほぼ全てがSOHOの守備範囲だと思って頂いて差し支えないと思います。例えば、印刷物の版下デザインなどがその代表的なものです。
 版下デザインは今やパソコンで行うのが当り前でして、文章や写真のデータも全てデジタルで受け渡しているのが普通です。ということは、ネットを介してSOHOの仕事場と印刷会社が直結できるわけで、実際、この分野でのSOHOの進出は著しいものがあります。
 他にもCADや、私のような著述分野・企画分野にも少しずつではありますが進出し始めています。要するに何れの分野においても《低コストで高クオリティ》であれば申し分ないわけでして、それをクライアント側が享受さえすれば、導入することは本来容易であるはずなのです。

 さて次は、クライアント側の問題を突っついてみましょう。むしろ問題はこちらの方に山積みされているようです…。
 業種にもよりますが、優秀なSOHOを利用することは大きなコストダウンと新鮮な刺激を企業の中にもたらします。
 経済状況が先行き不透明な今、最も重要なのは不要なコストを削減することと、常に新しい技術を持ち続けることに尽きます。
 優れたSOHOに関する情報を逸早くゲットして、その局面ごとに上手にプラグインしていくことが、健康な企業のスタイルになる。そんな日は、既に到来しています。

ちょっと切ない話ですが…。
『義理人情を捨てる』

 日本型経済最大の特徴である「義理人情」…。これにしがみついている企業は競争には勝てません。
 特に地方経済では独特の地縁血縁で結び付いた取引関係を多く見かけますが、このようないわゆる「地方型護送船団方式」が既に通用しなくなっていることは火を見るよりも明らかです。
 熱血営業マンが日参して仕事をゲットすると言ったスタイルは既に前時代の遺物なのだと早めに思考回路を切り替えるべきときが来ているのです。
 結局、営業マンの汗よりも商品のコストが問題になってくるわけで、今後、電子商取引の時代が来れば、パソコンのディスプレー上に表示される最低価格が取引先を選定することになるわけです。
 営業マン1人雇うコストの方が断然高くつくわけで、そういったものが最初から存在しないSOHOを利用するということは、この義理人情を捨てるということにつながるかもしれません。

『上手なSOHOの利用の仕方』
 闇雲にSOHOを利用すれば好成績が得られるというわけではありません。まずクライアント側に「何をやりたい」という目的意識が無ければお話にならないわけで、あくまでその上でのお話であります。

SOHOの情報を常に把握する。
 敵を知り己を知れば百戦危うからず…というのはいつの時代のどの局面においても通用するセオリーですが、どこにどういう能力と実績を備えたSOHOが存在するかを把握しておくことが重要です。ところが実際にはこれが極めて難しい。これと言ったデータベースがあるわけでもなく、斡旋してくれる機関が整備されているわけでもないので、自力で根気強く探さなければならないでしょう。しかし、そういう未発達な状況だからこそ有効な手段があります。自分のところがデータベースになってしまえば良いのです。自社のホームページ上でSOHOの登録者を募集し、それぞれの履歴を把握しておけば、いつでも戦力としてプラグインすることが可能になるわけです。
 例えてみれば、伊賀や甲賀などの忍者集団のデータを持っていた徳川家康が戦術的に非常に優位に立てたという歴史的事実にかなり近いものがあります。

外部の者だと思って冷遇すると怪我の元。
 契約社員を冷遇する前時代的企業の話題がたまに報道されますが、ことSOHOに対してそういう態度をとると、はっきり申しましょうか…「何をされるかわかりません(笑)」
 前項で忍者の例え話をしましたけれど、優秀なSOHOは《イコール優秀なネットワーカー》でもあるのです。流石に業務上の機密事項を漏らすことは無いにしても、その企業の核心を突いた悪評を「匿名で流す」ことなどは朝飯前のことなのです。どうせ遠方の人間だからという軽い感覚でギャラの遅配欠配などをやった日には、目も当てられない状況になることは容易に予想出来ます。やはり紳士的な付き合いをすること、それがSOHOにおける最も重要なルールです。

結局顔を出してしまう。
 折角のSOHOなのに、クライアントの元へ日参して打ち合わせをしなければならない…という話をよく耳にします。全く意味がありませんね。殆どの場合その原因は、クライアント側の担当者が電子メールを使いこなせないこと、そして会って打ち合わせしないと落ち着かないこと…この2点に尽きるようです。ここをまず改善しなければSOHOと手を組む資格がありません。技術と心のパラダイムシフトが求められます。

ParaTエッセイ・トップページに戻る

all right reserved"fm-monday club"kumamoto.japan.1999-2001